信念を貫くということ

山崎豊子「沈まぬ太陽」

10年ほど前に一度読んだことがある。いまになってどうしても読んでみたくなった。内容はぼんやりとしか覚えていない。改めて読むと、自分の感じ方も、自分の中に残る感情も当時とは少し違ったものに感じているのに気がついた。

文庫本で全五巻。2500ページほどある。長い。とにかく長い。でも、まったくその長さを苦痛だと思わせないのが山崎さんのすごいところ。扱っているテーマもものすごい深くて、どろっとしたもの。読んでいながら不快になる人物もたくさん出てくる。

でも、いつだって人間としての正義とは何か。正しいことは何かを考え続けているその姿勢にやっぱり今回も感動してしまう。

僕たちは生きていれば、納得いかないことに必ず直面する。キミも僕も自分の「正義」と言われるものを持っているだろう。そんなに大それたものでなくても、小さな正義や正しいと思い込んで疑わないものがある。

大きな組織に所属した時、自分の正義を貫くことはとても難しい。なぜなら、多くの人は変化を好まないからだ。そうすると、自分の正義や正しいことを貫こうとすれば、必ず反発が起きる。となると、どれだけ世の中を変えてやろう、もっと弱いものが生きやすい組織に変えていこう、不平等をなくそうと努力していても、ほとんどの恩恵を受けている人が反対をすれば、すぐに潰されてしまう。

こうしたことは、会社勤めや学校、部活、家庭。いろんな場面、いろんな状況で怒っていることだ。

自分が所属しているその組織の中で、うまく歯車として言いなりになってしまうことが一番楽だし「おいしい」と言える。「何かを変えてやろう」「正しいことをしよう」そんな風に考える人間は疲れてしまう。そんな考え方はその集団の中では異端児だ。いまどき流行らない。

みんなも一度考えてみて欲しい。クラスでいじめられている子がいたとして、それを止められるだろうか?止めれば次はあなたが標的になるかもしれない。次はあなたが苦しい想いをする番になるかもしれない。

ほとんどの人は口では「絶対に止める」というだろう。でも、本当にいじめられている姿を目の前で見て、それでも止められる人は一体何人いるのだろうかといつも考える。ほとんどみんなは怖いのだ。自分さえ守れればとりあえずは嫌な想いをしなくて済む。それならば見て見ぬ振りをして過ごすのが一番楽なのだ。

いじめは悪だと誰だってわかっている。それでも今だに絶対になくならないのは、その悪を止めるための正義の役を誰もやりたくないからだ。

正しいことを正しいと言い、間違っていることを間違っている、とはっきり言うことほど難しいことはない。

そんなことを考えてしまった。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *