平野啓一郎「決壊」

上下巻1000ページ近くになる。平野啓一郎。僕はこの作家の作品を初めて読んだ。それがこの「決壊」という作品だったんだ。
なんとなくなんだけど、ものすごい才能のある作家だというボンヤリとしたイメージだけを持っていた。「なんとか賞受賞」みたいなのたくさん書いてあったしね。この決壊もなんとなく表紙が硬派な言葉でバリバリ勝負しにいってる感じがしたので手に取った。
読みづらくて硬い文章なのかなと思ってたけれど、思ったよりやわらかくてびっくりした。でも、登場人物のセリフとして言わせてるんだけど、作者の根幹に関わる哲学的な部分に関しては急に難しくなる。そんな印象。僕はこうゆう骨のある小難しい文章が結構好きなんだよね。

・現代社会の気持ち悪い部分

ネットや掲示板、そんな単語が幾度となく出てくるし、それらが持つ力や影響によって物語が大きく動いていく。ものすごく「現代社会」というものを意識して書かれた小説だ。現代社会への適応具合でゆうと、一時期流行った携帯小説くらい、僕らには身近に感じれる文章や単語がたくさん出てくる。だから、どこまでも現実の延長線上で本を読んでる感じ。他人の人生をのぞき見てる感じ。

・決壊とは人間が壊れていく様子

僕の大好きなテーマである「正しさとは?」とか「正義と悪」みたいなテーマではなく、人が人として関わりながら、それぞれの人間が物語の出来事を通して壊れていく様子に重点を置いている気がしたんだよね。犯罪小説や推理小説のような感じもあるのよ。一見ね。犯人は誰なんだ?ってゆう感じは下巻の中盤くらいまであるの。でもね、「その犯人が誰か?」とか「動機はなにか?」とかそうゆう上っ面なものじゃなくて、疑われたり、疑ったりしながら人間が壊れていってしまうのよ。おかしくなっちゃうの。そこにはもちろん共感なんてなかなかできないんだけどね。そんな犯罪に関わったことがないから。でも、人って簡単に手のひら返すし、簡単に他人のことわかった気になっちゃうよねってそんなことを僕は感じた。

・犯罪は病気なのだろうか

そしてね、コレはすごい作者本人が言いたかった大きなテーマのひとつなんだと思うんだけど、ものすごい世間を騒がせるほどの犯罪をする人ってよく精神鑑定とかするって聞くじゃん?
精神鑑定してさ、犯人は精神に異常が見つかりました。「これこれこうゆう病気でした。」って言われたらさ、なんか「病気ならそうゆうことしちゃうのかもね」って気持ち1%くらい湧いてこない?僕も思っちゃうもん。そりゃあ、おかしくても仕方ないのかもなって1%くらい思うもんね。
そして、精神鑑定とかで精神鑑定に異常が見つかると刑罰って変わってくるらしいのね。決め方が色々。
病気ならさ、治せばいいってならない?精神病ならカウンセリングでもなんでもやって治せばいいってならない?それが1番世の中にとっては良いことのように感じるよね。
でも、病気かどうかとか被害者には関係ないでしょ?やられて痛かったものは痛いだろうし、死んじゃったらもう生きていられないわけじゃん?
あー。むずかしいよね。病気とか頭おかしいとかそんなのやられた方からしたら関係ないもんね。でも世間はテレビとか観ながら他人事だからさ、やっぱりこうゆう人はやばいんだねーとか逆に犯人をアイドルみたいに見たりするときもあるでしょ?深いんだよね。この話。

・人を殺すのはなぜダメなのか?

これもね序盤の大きなテーマとして作者のなかであったと思うのね。なぜだと思う?言葉にできないよね。僕はね答えるとしたら「イヤだから。」かな。だって自分自身の話なら痛そうだし、周りの大切な人だったら悲しいからイヤじゃん?
でもね、考えてみて?世界のどこかで起きている殺人に対してダメだってゆうのか、自分の身の周りに起きるリアルな殺人がダメだってゆうのでは全く話は変わってくるよね。
僕が上で言ったのは、自分だけの話だよね。世界のどこかでもそりゃあ誰かを殺すなんて起きない方がいいに決まってるけど、でも実際起きてるんだよね。どうする?君はなにかアクション起こせる?なかなか起こせないよね。目に見えないし、わかんないし、もっと残酷にいうと遠く離れてさえいればあんまり影響ないもんね。
コレもむずかしいよね。どう考えるのが正解なのか。みんなそりゃあ簡単にダメだダメだっていうけど、案外自分の周りくらいまでしか想像出来てないと思うんだよね。

・まとめ

できることならもっともっと色んなことを知って、遠くまで想像して、その上で自分で生き方を決めていけたら良いなと思った。作品とはあんまり関係なくなっちゃたけど。
「決壊」長いけど、読みやすくて楽しかった。ライブで北海道に滞在してる間に読んじゃった。

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